| ■マイブームの時期 ・第一期：1982～1983 |
”パスタ”なんて呼び名はなくて”スパゲティ”！ でもってスパゲティといえば”ナポリタン”か”ミートソース”しかないと思っていた。だってそういう時代だったもの。
そんなオレが大学生だった1982年に、当時住んでいた下北沢の和風スパゲティの店”おいてけ堀”でアルバイトをした。
当時の店長だったヒロさんは面白い人で、エンタティントとしての客商売を含めていろんなことを学ばせてもらった。
あるときゴキブリが客の足元を通ったんだけど、ヒロさんはとっさに「こらキャサリーン！ あれほどお客様の前に出ちゃだめだって言っただろ！」と怒鳴りつけてその場を取り繕った。まぁ、客の顔はこわばってたけど。
あるときは、「面白いことを考えた。純粋な日本人家庭に、突然、生まれてしまった中国人ってどうかな？ 『どちて、ボクだけ、ウマクチャベレないの？』とかって言うんだよ」なんてことを言ったりして、オレにとっては楽しい職場だったな。
ヒロさんは、カウンター越しにお客さんに向かって「おいしいですかぁ？」なんてこともよく聞いてたね。
オレは”おいてけ堀”ではじめて”和風すぱげてぃ”というものを知った。いまでは当たり前の”たらこスパゲティ”もまだ珍しくて、その頃は渋谷のパスタ専門店「壁の穴」、「五右衛門」もまだチェーン店になる前で、わざわざ食べにいくような店だったね。
で、その頃はいまみたいにキチっとしていない時代だから、料理なんてしたことがないオレも料理人が昼休みの間なんかはスパゲティを作って客に出していた。今考えると結構ヒドイ。
もっとも凝った料理なんてなかったから、素人でもなんとかなった。それに客が注文するものは、たいていは”イカたらこ”と”イカうに”で、あとは”あさりしめじ”、”ベーコンしめじ”あたりだったかな。メニューはいっぱいあったけど、他のものがオーダーされることはほとんどなかった。
たまにホタテススパティを注文するような客もいたけど、そもそも帆立を置いてることは殆どなくて、そんなときは「ごめんなさい。さっき終わっちゃった！」と客に言ってたね。
麺は業務用ニューオークボの乾燥太麺を使っていて、それを大釜で茹でる。タイマーなんてものはなくて、だいたい10分ぐらいしたら麺を齧って芯の状態をみる。芯がなくなるギリギリのアルデンテ状態になったら、「麺あがりまーす！」と大声で叫び、他の店員やバイトは「お願いしまーす！」と返す。
業務用ニューオークボの乾燥太麺は、オレが好きな葉山のパスタ屋”ラプロー”も同じだと思うな。
たらこ、イカといった生ものは、同じオーナーが経営している2階の居酒屋”雑魚や”が卸してた。
たらこスパやイカウニは簡単で美味しいから、今でもときどき作っている。
たらこスパは、たらこを縦に開いて包丁で中身をすく。これは仕込みのときにまとめてやってたね。そして皿の上で、ほぼたらこと同じ量のマーガリンとスプーンの背を使って混ぜる。
マーガリンは駅前のピーコックで買ってたけど、高級なモノは香りが強くて味が浮いてしまうから安いものを使う。そして生臭さを消すために少しだけ檸檬をかける。
麺が茹で上がったら手早く皿の上で合わせて、隠し味として昆布粉をいれる。これは「壁の穴」が、日本人の味覚にフィットする味になることを発見して取り入れた手法だけど、このあたりをパクったのかな。
仕上げには、”駅前食品市場”という名前のバラック横丁にあった海苔専門店で買った味付きのモミ海苔をかけて、刻んだシソを乗せる。これで出来上がりだ。
“うにスパ“、たらこの代わりに練ウニを使い、レモンを省くだけで基本は同じである。
ときどき注文がはいる”イカ納豆”は、麺を玉子の黄身からめて醤油で味付けして納豆をのせて、もみのりとシソで仕上げるだけだ。
”ベーコンしめじ”は、2枚のベーコンを半分づつ４つに切って、これまた４つに切ったピーマンとシメジをあらかじめフライパンで炒めておき、麺が茹で上がったらそこに放り込んで醤油と塩と味の素で味付けする。昆布粉もいれてたな。あとはもみのりとシソでOK。そういえば、オレが初めてシメジを口にしたのも”おいてけ堀”だった。
”ベーコンしめじ玉子”は麺を炒めるときに、玉子を一緒に入れるだけだ。”ツナスパ”も、茹でた麺に醤油・塩・味の素・こぶ粉にツナ缶を半分混ぜて炒めてたな。
しめじの芯というか、底の方って捨てるのが一般的だけどこの部分も炒めると結構おいしかったりするんだよね。”たらこスパゲティ”はたらこの皮を捨てるけど、実はこの皮を炒めてもいい。両方とも客には出さないけれど、賄いで試してたね。
”あさりスパ”も作っていたけれど、作り方はすっかり忘れてしまった。レシピを書いたノートはなくしてしまったけれど、”味噌ミートすぱ”ってのも美味しかったんだよね。
遊人（2021/12/31）
