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2000/3/4に書いた当時の職場の近くにあった店のこと。今では閉店してしまったけれど、備忘録的に残しておきます。 |
新宿西口の近くに以前から気になる店があったんだよね。それは看板に黒人のコックさんのイラストが掲げられた食堂なんだけど、店名が”くろんぼ”。
店員さんが真っ黒に焼けてるのか、あるいは黒人なのかと想像して、興味はあったんだけど、なんだか汚そうな店だったからなかなか入る気にならなかったわけ。
でも、やっぱり興味あるものは探求しなきゃあイカンと思ってさ。
店の入り口がある地下へと駆け下りて行ったの。もう何がでてくるかと思ってワクワクしながら降りたね。
すると踊り場みたいな階段の途中にその店があった。外からのぞいてみると、そこはカウンターだけの店で、お婆ちゃんが一人で働いている。
少しだけ拍子抜けした感じ。だって店名からすれば、休日にはガレー船で優雅に舟遊びを楽しむマッチョな方達がパスポートも給料もなく働かされてるか、ナゾのマフィアみたいにデカい男がいきなり殴りかかってくるような店だと思うもの。
でも、せっかく来たんだから入ってみようと、店の扉を押した。カウンターに座ってカレーライスを注文する。メニューには定食が多いけれど、ここは看板に敬意を表してカレーライスが正解だろう。
それにしても古臭い店である。カウンターは、まるで日曜大工で作ったみたいだ。僕は、客が自分だけなのをいいことに、カレーライスを食べながらお婆ちゃんと話をした。
お婆ちゃんの話によれば、この店は祖父の代に開店してから３５年もたつそうだ。今は、６７歳のお婆ちゃんが一人で頑張っているらしい。
昔はカレー専門店で、何種類もの凝ったカレーを出していたけれど、今はとても一人では仕込みができないので、カレーの種類が少なくなってしまったということを残念そうに話してくれた。
お婆ちゃんは、祖父のカレーの味をずっと守り続けてきたのである。ちょっと味が変わったらしいけど、でも守り続けているのだ。そして日本風にアレンジされたカレーライスは、辛味が効いていておいしかった。
お婆ちゃんは、若い頃バレエを習っていたためか厨房を軽やかに移動する。きっと昔は、お嬢様だったんだろうなぁ。
今はこの店だけになってしまったけれど、以前は店が入っているビル全体を借りていたそうだ。僕が先週、間違えて入った地下の格安チケット店も、昔は麻雀屋として、お婆ちゃん一族が経営していたらしい。
いろいろな話を聞いていると、僕には”くろんぼ”という店名もなんだか愛しく思えてきてしまった。結構、ヤバそうな店名だけど、これまでイヤなことを言われたのは１回しかないそうだ。
それにしても客が来ない店である。僕がカレーライスを食べ終わっても誰も客は来ない。店は日曜定休で平日は８時まで営業しているけど、待っても待っても客が来ない日は、6時半や７時に店を閉めてしまうこともあるらしい。
「お客も来ないし、やめたいんだけど、たまに来る昔の常連さんたちが『やめないで』って言うからねぇ」
そんなことを語るお婆ちゃんは、昨年、お兄さんを亡くされたそうで少し元気がなさげだ。お婆ちゃん、元気だしてよ。百歳まで続けておくれよ。オレは”くろんぼ”の常連になるよ！！
お婆ちゃん、僕は毎週この店にくるからねー。ほんとだよー、ほんとー！
お婆ちゃんは、僕の”常連宣言”に嬉しそうな顔をしてくれた。そして、「”くろんぼ”って、いい名前ですよねー」という僕の言葉にこう答えてくれた。
「カレー屋で”くろんぼ”っていう名前の店は、どこにでもあると思いますけどねぇ」
…お婆ちゃん。それはあんまりないような気がするよ。
静 炉巌（2000/3/4）
＊
ひさしぶりにお婆さんが一人でやってる新宿の定食屋『くろんぼ』に行った。
「客がこない」って気弱になってたから、毎週行こうと思ってたんだけど、仕事が終わると営業時間に間に合わなくて、なかなか行けなかったのね。
んで、残業中に足をのばして食べに行ったわけ。でも、店の前から中をのぞくといないんだよ！！
いや、客がいないのは当たり前なんだけどさ。お婆さんがいないの。代わりになんかごっつい若者が厨房にいるのね。こりゃ、とうとうお迎えがきちゃったのかと思うと、少し悲しくなってさ。
でも、とりあえず店内に入ったわけ。すかさずカウンターの上をチェックしてさ。だって醤油差しとかと並んで、骨壷とかが置いてあったら寂しいじゃん。んで、席についた途端、挨拶するかのようにカタカタ揺れだしたら、切なくなるでしょ。
だけど見回しても、壷っぽいものはないから大丈夫かもと思ってさ、その若者に婆さんのことを聞いたの。そしたら「今日はもう帰りました」だってさ。ほっとしたよ。
静 炉巌（2000/8/9）
