黄昏の職場日記:”子分1号の報告”の巻

syokuba1

[登場人物]

子分1号
中途入社だった私と入社年度がさほど変わらないからと、タメ口どころかときどき上から目線になる女性部下。

子分4号
子分2号の産休期間中にやってきた派遣員さん。子分1号の後輩で後に社員となる女性部下。

ある日のこと、いつものように出社した私に驚きの報告が待っていた。

静:「おはよう!」

子4:「おはようございます」

子1:「おはようございます。…静 炉巌さん、ちょっとお話があるんですけど」

静:「えっ、なになに?」

子1:「私、先週の金曜に入籍しました」

静:「ひゃーー!! なにそれ!! もしかして、あの…オギャーとかできちゃったの?」

子1:「違うよ!」

静:「そっか。えと、どうもおめでとうございます。いやー、でもね、なんかホッとしたよ。今まで何となく”結婚”って触れちゃいけないタブーの話題だと思ってたからさ」

子1:「いやだなー」

静:「とにかく、お祝いだね。今週、皆でお祝いの昼食会をしようか。あと結婚祝いは何がほしい?」

子1:「うーん。何かなぁ」

静:「迷うんなら玄関マットにしなよ。”珍客万来”とかって描いてあるやつ。ヘンな人ばっかり来ちゃうの。金魚を飲み込むポンプ男とかね、…珍客だから」

子1:「イヤだよ! なんでヘンな人を呼び寄せなきゃいけないの!?」

静:「やっぱりノーマルに”千客万来”かねぇ…」

子1:「だからヤダって!! 中華料理屋じゃないんだから。たくさんの客はいいから、落ち着いて暮らさせてよ」

静:「だったら、キリストの十字架が書かれた玄関マットがいいよ。踏み絵マット! これなら少なくてもキリスト教の人はシャットアウトできる 」

子1:「私は別に特定の宗教を拒んでません!」

静:「キリストの信者だけじゃないよ。吸血鬼も入ってこれない。でも、人が入ってこれないようなマットって意外と難しいな。踏むと得体の知れない液がでてくるマットとか…」

子1:「だから、ふつーの玄関でいいって」

静:「ふつーの玄関、ふつーのマットね。あっ、東急ハンズで、夫婦の写真を玄関マットにしてくれるサービスをやってたよ。これにしなよ! お客さんが、ベタベタと二人の顔を踏みにじって入ってくんの。マットの上でワザと飛び跳ねるやつもいたりしてね。わははー」

子1:「…ふつーって言ってるでしょ。」(低音!)

静:「…はい。(引き際)

子分1号が茶を取りに席を立つと、子分4号がさっそく話しかけてきた。

子4:「静 炉巌さん、結婚祝いに玄関マットはやめましょうよ」

静:「そう? じゃ、どんなのがいいと思うの?」

子4:「”バカラのワイングラス“なんてどうですかね?」

静:「なんだよ、バカラって? モスラみたいじゃん。やめようよ、怪獣じゃないんだからさ」

子4:「静 炉巌さん、バカラを知らないんですか?」

静:「そんなの誰も知らないって!」

子4:「何言ってるんですか! 有名ですよ!」

静:「ほんと? でもさ、贈り物なのに名前に”バカ”ってついてもいいの? バカにしてると思われちゃうよ。だいたいバカラって漢字でどう書くのさ?」

子4:「漢字なんかないですって!」

静:「ふーん。なんかヘンな名前だけどなぁ。そういうのもらって嬉しいのかな? オレはヤだね」

そんな会話をしていると、経理部の鈴木部長が入ってきた。

部:「久しぶり! 静 炉巌くん、元気?」

静:「あっ、お久しぶりです」

部:「いやー、今度ね。姪が結婚することになってね。なんかいい贈り物はないかな?」

静:「それだったら、バカラのワイングラスなんてどうですか? お洒落だし、指で弾くとコツーンと澄んだ音がして、結構、人気がありますからね。これはお奨めですよ。ねっ、タケちゃん(子分4号)」

子4:「…」(赤い顔で下を向きプルプルと震えている)

部:「うーん、なるほどね。参考になるよ。」

部長はひとしきり雑談をすると部屋を出ていった。子分4号が笑っている。

静:「何、笑ってんのさ?」

子4:「…”バカラ”って、お奨めなんですか?」

静:「結構、有名なグラスなんだよ。知らないの?」

子4:「…指ではじくと澄んだ音がするんですか?」

静:「コップなんてみんなそうだよ!」

子4:「…」

子分4号に一瞬、浮かんだ”あきれた顔”。私は静かに上司の威厳が崩れていくのを感じるのであった。

静 炉巌(01/08/09)

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