黄昏の職場日記:謎の人物の巻

syokuba1

[登場人物]

子分1号
中途入社だった私と入社年度がさほど変わらないからと、タメ口どころかときどき上から目線になる女性部下。

子分2号
妙な感性と仕事ぶりは評価できるが、かなりお調子者。子分1号の後輩となる女性部下。

私はフレックスを利用して30分ほど遅く出社しているので、私が会社に着くと既に子分達が仕事をはじめている。

静:「おはよう」

子2:「おはようございます。」

子1:「おはようございます。」

静:「…」

子分どもは黙々と仕事を続けている。

静:「ちょっと、きみたち!! 何も気がついてないの?」

子1:「何がですか?」

静:「何がって…ここにあった机がないでしょ! ここ! 昨日、この部屋を綺麗にしようと思って余計な机を片づけたんだからさ」

子2:「あっ、ほんとだ!! 全然気が付かなかったよ」

静:「…それだけ?」

子2:「えっ、…うん」

静:「ぶーっ! 間違いです!! 全然ダメ!

子2:「あと何が変わったのよ?」

静:「ぶぶーっ!!! その質問自体が既に大間違いです。正解は『静 炉巌さん、一人でよくがんばりましたね。おかげで気持ちよく仕事ができそうです。ありがとうございました』って、褒め称えることでした

子2:「ふーん。」

静:「ふーん、じゃないでしょ。ふーんじゃ! あなたね。そんな態度じゃ、オレは伸びないよ。こういうときに誉めてこそ、オレはぐんぐんと伸びていくわけよ。今、システムの入れ替えで大変なんだからさ。上司が伸びないと困るでしょ。そういうのが部下の仕事なんじゃん」

子2:「それって、私に”太鼓もち“しろってこと?」

静:「違います! “太鼓もち”っていうのは太鼓もってるわけでしょ? きみ、手ぶらじゃん

子2:「あっ、そうだった。ところで、今、社内システムのユーザ確認をしてるんだけど、この倉沢って人のID、消しちゃってもいいの?

静:「倉沢さん? そんな人いたっけ?」

子2:「知らない人。一応、座席表には載ってるけど半年もユーザIDを使った形跡がないの。席はすぐそこだけど座席にいるの見たことないよ」

静:「じゃ、いつのまにか異動したのかなぁ。たぶん、どっかに飛ばされたんだよ。オレも子分2号も知らないんだから、どうせデキない人だよ。ダメ社員だな。ユーザID消しちゃえ」

子2:「もう、消しちゃったよ

そこに子分1号が割り込んできた。

子1:「…ねぇ、そこ見て。倉沢さんの席。誰か座ってるけど…」

静,子2:「えぇっ!!

ドアの隙間から覗くと確かにおじさんが座っている。

静:「本人かなぁ?」

子2:「そうだよ。なんか見たことあるもん。さっきの聞こえちゃったかな?

静:「ダメ人間に限って、耳はいいからね

子2:「それも聞こえてるんじゃ…」

静:「ひぃっ!! どうしよう!」

子2:「静 炉巌さん、私がさりげなく倉沢さんのそばまで行くからさ。さっき話してたぐらいの声で呼んでみてよ。聞こえるか試すの」

子分2号は、そう言うと倉沢さん(推定)の席の後ろにさりげなくまわり、私に合図を送った。

静:「ちゃっぴ(子分2号のこと)ちゃん~」

子分2号が走って戻ってくる。

子2:「バッチリ!

静:「セーフ?」

子2:「丸聞こえ!!

静:「まじ~? 最大のピンチだな。オレたち話を聞いてないで仕事しろっちゅうに!

子2:「それも聞こえてるんじゃ…

静:「ひー! まずいな。ちゃっぴちゃんのせいで

子2:「なんで私だけ悪者なのよ!!

静:「まぁまぁ、心配するなって。皆がそう思っても、オレは”きみだけが悪いんじゃない”ってことを知ってるからさ」

子2:「当たり前じゃん!」

静:「う~ん、なんか超能力みたいなので、あの人の記憶を消せないかな?」

子2:「超能力って…”死んでもミイラになって、まだ生きてる人”とかでしょ」

静:「それはヤバイ宗教じゃん! あっ、でもさ。オレ達が倉沢さんを知らないってことは、向こうもオレらを知らないってことじゃん。よし、次にこの部屋に入ってきたヤツがさっきの台詞を言ったことにしよう。ちゃんと、オレにあわせろよ」

ちょうど、そこに後輩が入ってきた。しめた!

後:「静 炉巌さん」

静:「あっ、きみさー、倉沢さんって知ってる?」

後:「あっ、その倉沢さんに頼まれたんですけど…。なんかコンピュータにログインできないみたいですよ

静:「ひー!!!!

まずい! 私は子分2号に”倉沢さんのID作成”を命じると、すかさず倉沢さん(推定)のもとへと向かった。こういう時は守りに入っていけないのである。しかし、あらためて見ても記憶にない人である。私は倉沢さん(推定)に話しかけた。

静:「どうも、お久しぶりです! 今、IDの状況を確認しておりますので少しお待ちくださいね」

”お久しぶりです”…記憶にない人間から、さも親しげにそのような挨拶を受けた倉沢さん(推定)は、戸惑いの表情を浮かべていた。

私と子分2号は、先ほどの会話が自分たちだと気づかれないように、しばらくは仕事の指示も微妙に声色を変えて話すのであった。

by 静 炉巌(1998/10/31)

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