黄昏の職場日記:”情けは人のためならず”の巻

syokuba1

[登場人物]

子分1号
中途入社だった私と入社年度がさほど変わらないからと、タメ口どころかときどき上から目線になる女性部下。

子分2号
妙な感性と仕事ぶりは評価できるが、かなりお調子者。子分1号の後輩となる女性部下。

年のはじめの月ともなれば、ささやかにも職場の掃除を命じて、仕事をする気になる環境を作ることは上司の役目である。私はさっそく子分どもに命じた。

静 :「きみたち、この部屋をもっと綺麗にする方法を考えてくれ」

子2:「えー、また何いってんのー。そんなの何度もやったじゃん」

子1:「だいたい自分が散らかしてるんでしょ!」

子2:「そうだよ。静 炉巌さんが悪いんじゃん!」

静 :「あー、もうわかってる、わかってるの!! オレが言ってるのは、”オレの散らかしにも耐えることができるタフな整理整頓方法”を考えてくれってことなの!」

子2:「そんならロボット導入してよー、お片づけするやつ。それかお叱りロボット!

静 :「なんだよ。お叱りロボットって?」

子2:「『静 炉巌、散らかすな』って、それしか喋らない暴力的なやつ

静 :「暴力的なの!?」

子2:「それか奥田さんのモノマネロボット! 奥田さんの声で、悲しそうに喋るんだよ。『また…散らかしちゃった…んですか?』ってさ。わははー。」

静 :「いちいち奥田さんをネタにすんなよなぁ。だいたい奥田さんはソバ大好きだっていうから、憧れ度が落ちてるの。それよりもちゃんと考えなさい。子分2号は、主婦なんだから、自分の家を掃除する練習だと思ってさ。」

子2:「いつも綺麗だもん。散らかす人いないから!

静 :「それって…別居してるってこと?

子2:「なんでそうなるのよ!」

そこにおじさん社員がやってきた。

おじ:「ここにさぁ、****ある?」

おじさんは手で、ハサミを動かすようなジェスチャーをしている。

静 :「うーん、ここには置いてないですねぇ。」

おじ:「そっかー。」

おじさんは悲しげな表情を浮かべて去っていった。私は子分2号に言う。

静 :「なんだよなぁ。プライヤなんてあるわけないじゃんね。」

子2:「違うよ、何言ってんの! プライヤなんて言ってないよ。だいたいプライヤって何?」

静 :「プライヤってのは電線とか切るペンチみたいなやつでしょ。」

子2:「ふーん、でもあの人ドライヤって言ってたよ。ぶぉーってしたいんじゃないの?」

静 :「なんでドライヤなんか欲しがるのかねぇ。ここで女の子達が髪を乾かしてると思ってるのかな?」

子2:「切手とかを乾かしたいんじゃないの。」

静 :「ヘンな人!」

子分1号が口をはさんだ。

子1:「静 炉巌さん、さっきの人、ドライバって言ってましたよ。」

静 :「えっ? ドライバ…あるじゃん。」

子2:「あぁーあ、”情けは人のためならず”って言うのに!」(おまえもだろ!)

静 :「…そういえばさ。オレ、先週、その体験したよ。」

子2:「その体験って何?」

静 :「だから、”情けは人のためならず”の体験だよ。土曜日に駅まで行ったらさ。そこで観光客らしい外人夫婦が券売機の前で地図を片手に悩んでたのよ。

子2:「聞いてあげたの?」

静 :「聞く前に話しかけられちゃったんだけどさ。なんか”鎌倉”に行きたいけど行き方がわからないみたいなのね。2つめの駅なんだけど。」

子2:「静 炉巌さん、英語できるの?」

静 :「できないよ。でも、それぐらいはなんとかなるじゃん。それでオレは切符のボタンを押してあげてさ。ホーム番号を教えて、改札から手を振って見送ってあげたのよ。間違ったホームに行ったら心配だからね。外人夫婦は嬉しそうに笑顔でホームを降りて行ったよ。」

子2:「そしたら、なんかお礼くれたの?」

静 :「あさましいなぁ、違います! オレは定期を更新しようと思ってさ、窓口に行ったんだけど、そこで気がついたのよ。彼らに教えたのはいつも自分が通勤に使ってるホームだってことに。」

子2:「えっ…?」

静 :「だからつい習慣でさ。既に電車は出ちゃってて…外人夫婦…東京に行っちゃった。

子2:「逆方向…ひどーい!!!」

静 :「ねっ? ”情けは人のためならず”でしょ!」

子2:「それって…静 炉巌さんが人のためにならないだけじゃん!」

子分2号は吐き捨てるように言った。子分1号は、その横で大きくうなづいていた。

by 静炉厳(00/1/20)

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