オレは自宅浪人を経て大学に行ったんだけど、今回は、現役時代に初めて大学受験に臨んだ時の話である。
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当時、地方に住んでいたオレは、いくつかの大学を受験するために、友人と共に池尻大橋のホテルに宿泊することになった。人生初の大学受験は、翌日に控えた”東海大学”である。
受験には体調の調整と栄養が欠かせない。…そう思った我々は、その夜、近所の中華料理屋で食事をとることにした。
なんとなく気持ちも盛り上がって、調子にのって注文した料理は、気づくとテーブルいっぱいに並べられていた。
翌朝、オレは腹痛と共に目覚めた。腹がヤバイ！ 起きてから３回ぐらいトイレに行ったが、いっこうに便意が収まる気配がない。
だが試験時間は待ってはくれない。オレは不安定な腹を押さえながら小田急線の新宿駅に向かった。目的地は新宿から約１時間離れた”東海大学前駅”である。
もっともこの時点では、腹の状態がヤバイとはいえ、それほどの不安はなかった。
なぜなら、オレはそれまで、電車といえば長距離電車しか乗ったことがなく、東海道線や横須賀線と同様に、どんな電車にもトイレがついていると思い込んでいたからである。
腹がヤバくなったら電車のトイレに行けばいいや…そう考えていたオレは、今にして思えば、ハチミツをかけた角砂糖よりも甘いシュガー野郎であった。そして、受験生で混みまくる車両に、友人と乗り込んだのである。
ところで、いわゆる”腸弱人”こと腸の弱いヒトには、基本法則とも呼べる特徴がいくつかある。そのうちのひとつがこれだ。
腸弱人は振動の刺激に弱い！
はたして電車の揺れは、早くも腸内のサーフィンを誘発してきた。新宿をすぎて約１０分、早くも下北沢あたりで、オレの腹ではハワイの大波に乗るようなサーフィンが開始されていた。
オレは混んだ電車の中を、少しずつトイレを捜し求めて移動した。だが、どこまで行ってもトイレがないどころか、トイレの案内表示さえもない。ここに至ってオレにもようやく事態が飲み込めてきた。
この電車にトイレはないのだ！ オレには想像できないことであった。
あぁ、さっさと最寄りの駅で降りてしまえばよかった。トイレを捜し求めることで、オレは貴重な時間を無駄にしてしまったのだ。
だが、便意は容赦なく襲いかかってくる。もう限界だ。もし、この満員電車で吹き出してしまったら大パニックは必至。一瞬ホームレスになっている自分の姿が目に浮かんだ。
とにかく次の駅まで頑張るんだ。オレは意識が遠のいていくのを感じていた。周囲の音がフェードアウトしていく…。だがその時、電車は駅に停まった。
今しかない！ オレは「網棚の荷物を頼む！」と友人に言い残すとダッシュで駅へと駆け下りた。
猛烈な勢いでトイレの場所を尋ねるオレに駅員は当惑顔だ。「トイレは階段の下を左に曲がって…」、悠長に最後まで聞いている時間はない。オレは話の途中で階段を駆け降りた。視界の隅にチラっと”成城学園”と表示がみえた。
「神さま！ どうかトイレを空けておいてください」
もしも個室が占有されていたら、オレの人生も終わりだ。あと５秒だってもちはしない！ 果たしてトイレは…開いていた！ オレは勢いよくズボンを下げると同時に、コトを終えた。間に合った！
神はいたのだ！！
…でも紙はなかった。
オレは考えた。紙に変わるものは何かないだろうか？ そうだ、パンツだ。パンツを使えばいい。だってよくみるとパンツに脱出を待ちきれなかったピーのかけらが、ちびりとついている。このままではどうせ履けはしないのだ。だったらパンツで拭けばいい！
パンツを脱ぐために、個室の中で下半身丸出しになっている姿は自分でも情けなかった。
だが尻を拭いた後でまた考えた。このパンツをどこに捨てればいいんだ？ 受験の時間は迫ってくる。迷っている時間はない。あっ、トイレに流しちゃえばいいんじゃん！
オレは便器にパンツを投げ込むと、思いっ切りペダルを踏んだ。さらばパンツよ！！ オレは別れを惜しんで軽く手を振った。…だが、勢いよく水が流れているのにパンツはいつまでも姿を消さない。詰まってしまったのだ！！
焦って何度も水を流した。だが詰まった便器に水を流し続ければどうなるか。瞬く間に便器から水があふれだしてきた。頭の中には、再び自分のホームレス姿が浮かんだ。
水の流れは床からドアの外へと伝わっていく。オレはツイスターゲームのような不自然なポーズで、水の流れを避けながらトイレから脱出した。…逃げるしかない。そうするしかないんだ。ごめんなさい！
犯罪者となったオレは、ノーパンのジーパン姿で電車に飛び乗った。恐くて後ろは振り向けなかった。「東海大学前」で降りる。冬の寒さがノーパンにはきつい。
はじめての受験が、はじめてのノーパン体験になってしまった。休憩時間に、気を緩めて小をすると、ズボンのチャックに毛をはさんでしまい痛さに泣いた。
筆記試験はぼろぼろだった。
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東海大学は１日目が筆記試験で、２日目が面接となっている。オレは昨日の試験での失敗を取り返すべく２日目の面接に臨んだ。
この日も腹はピー状態ではあったが、今回は途中下車することもなく目的駅まで持ちとおすことができた。…とはいえ、そこが限界の距離であった。
オレは顔面蒼白の状態で駅に到着すると、前を歩いていた男性についてトイレに駆け込んだ。
しゃがみ込んでほっと一息をつく。もちろん、この日はちゃんと紙だって用意している。人間は進化する生き物なのだ。
だが、オレがトイレから出ようとすると入り口で女性が覗いている。おいおい！！ オバチャンじゃあるまいし、いくら我慢できないからって男子便所でしようと思っちゃダメだよ。オレはキリリとその女性を睨みつつ、トイレを出た。
だが、何か雰囲気がおかしい。不安にかられて振り返ると、そこは女便所だった。オレは女便所でウンコをしていたのだった…。
放心したオレの前を、さっきオレがついていった男性が通り過ぎていった。コイツが女便所に入ったからいけないんじゃないか！！！ だが、その人はよく見ると、単なる髪の短い女性であった。
はじめての受験が、はじめての女便所体験になってしまった。
その日の面接はボロボロだった。そしてオレは浪人した。
※本レポートはプライバシー保護のため音声を変えています。
静 炉巌
