昼休みに資料室でくつろいでいると、突然、隣の部のカオルちゃんが駆け込んできた。なにやら意気込んでいる様子だ。
「静 炉巌さん、ひどいじゃないですかー！」
「えっ？ ひどいって何が？」
「佐藤さん、結婚してないじゃないですかー！！」
佐藤さんというのは、他部に所属している３０代半ばの女性社員である。
「そうなの？ でも、そんなのオレのせいじゃないよ。オレは佐藤さんの彼氏じゃないもん」
「そうじゃなくて！ この前、”佐藤さんは結婚してるよ”って偉そうに私に言ったでしょ！」
「だって誰かが、ダンナはソフト会社の人だって言ってたような気がしたからさ」
「違います！！ 結婚してません！ この前の土曜に会社のソフトボール大会に行ったんです。試合後の懇談会でクジ引きがあって、そしたら佐藤さんにバーベキューセットがあたったんです」
「よかったじゃん！」
「そしたら佐藤さん、『これ嫁入り道具にしようかしら』っていうのね。私は静 炉巌さんに言われて結婚してると思ってたから、『またまたダンナがいるくせにぃ』っていうつもりで、思いっきりしかめっ面しちゃったんですよー！」
「…」
「そしたら佐藤さん、寂しそうに『もうそんな歳じゃないかしら…』って言うんですよ。私の方が全然年下なのにスゴクひどいことしちゃったじゃないですかぁ！ あとで、田中さんに『さっきのはあんまりだよ』って怒られたんですよ！！！」
「それはひどいなぁ。よくそんなことしたね」
「静 炉巌さんのせいです！！ 佐藤さん、あれからなんか冷たいんですよ。嫌われちゃったじゃないですかー！ どうしてくれるんですか！ だいたい静 炉巌さんは、私のことも結婚してるって噂を流したじゃないですか！！」
「えっ！ そんなことしてないよ」
「しました！！ 私が結婚指輪をしてたって！！！」
「あぁ、あれって半年ぐらい前のことでしょ。だって左手の薬指に指輪してたから、結婚してるのかなぁって思ってさ。でも、一人に話しただけだよ」
「その一人が超オシャベリの人じゃないですか！ だいたい私は薬指に指輪をしたことはないです！」
「ごめん、ごめん。だってそう見えたんだもん、しょーがないじゃん。まぁ、そんな過去のことは忘れてさ。前をみようよ、未来をさ。そういうのが大事なんだよ」
「未来ですか…」
「子供の頃に想像してた未来って明るかったでしょ。そういう方向に考えをもっていくんだよ」
「例えばどんなことですか？」
「うーん、例えばさ、すっごく頭のいい人がいます。分数は理解できないんだけど」
「それってバカじゃないですか！」
「そうだねぇ…。じゃあ天才がいるとしよう、天才ね！ 頭がよすぎて普通の生活ができないくらいの天才。読み書きもまるでダメなのね」
「…それってヘンな人ですよね？」
「いいから。で、その天才がロボットとかを作るわけよ。未来の世界は”お使い”みたいな雑用は、全部ロボットがやってくれるの。楽ちんだよ。『豆腐とネギと牛肉を買って』って命令すると買いにいってくれるの。『タダイマ カエリマシタ。豆腐ト、ネギト…ミルクダッケ？』って。」
「なんで覚えられないんですか！」
「人間的なロボットなんだよ。ドラエモンだって完璧じゃないから愛されるわけじゃん。教師ロボットなんかもっとスゴイよ。子供が数学の宿題とかを頼んでも、全然解けやしないの。でも友達になりやすいでしょ？」
「まぁ、友達なら…」
「ところが性格も最悪！ ロボットだけに血も涙もないから残虐だよ。慕って寄ってきた子供達を力ずくで家来にしてさ。奴隷のようにこき使う！ 『オイルと歯車を１０秒以内に買ってこい』とかって命令してさ。間に合わないと指先のドリルでカンチョー！ しかも、そういうときに限ってロボットらしく時間に正確なんだよ」
「歯車って…。歯車で動いてるんですか？」
「そりゃ、機械だからね。校長室の置き時計をみて『おじいさん！！』って泣きだしたりしてさ。で、泣いてると思ったら今度は掛け時計を見て、『オレのおじさんをさらし者にしやがって！』っていきなり怒り出して大暴れ！ ハンターが猛獣の首を飾るようなもんだと思ったのかな？」
「知りませんよ! だいたいそれって教師なんですか？」
「そう、反面教師ロボット！ 難しい言葉だけど意味わかる？」
「知ってます！ 」
「『こういうロボットになっちゃいけないよ』っていう願いで作られてるわけよ」
「生徒は人間でしょ！」
「そこはロボット学校なんだよ。生徒もロボットなの」
「じゃあ、最初からプログラムしとけばいいじゃないですか！」
「そう思うでしょ？ ところが、突然『アチィイイ！！』って声がして、先生ロボの背中のジッパーが開いて中から人間がでてくんのよ。」
「人が入ってたんだ。」
「そう、しかもよくみるとロボットの産みの親の博士なんだよ」
「産みの親じゃなくて、本人でしょ！」
「敵を騙すにはまず味方からだからさ、意味ちがうけどね。そんで先生ロボの正体が人間だとバレた瞬間に…」
「どうなるの？」
「生徒ロボの背中のジッパーが開いて人間がでてくんの。『アッチィイー！ やってらんねーよ』とか言ってさ。」
「ただのコスプレ大会じゃないですか！」
「でも、一人だけモジモジしてるやつがいるんだよ。いっつもドジばかりしてるやつでさ。周りの奴等に『おまえも早く脱げよ』とか言われてんの」
「なんなんですか？」
「そいつだけが本物のロボットなんだよ。一番、身長が低くて、物覚えが悪くて、気が弱いの」
「ロボットの意味ないじゃん。」
「 そいつも悩んでんだよ。『自分はなんのために生まれてきたんだろう？』ってさ。ここからが第二部の”ロボ、自分探し苦闘編”。聞く？」
「もういいです」
「でも、ここだけの話だけどさ。そのロボット…結婚してるらしいよ」
カオルちゃんは、無駄な時間を過ごしたことに気付いて深くため息をついた。
昼休み終了を告げるチャイムが響いた。
by 静 炉巌(00/1)
