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[登場人物] ■子分１号 ■子分4号 |
私の勤めるオフィスは、とある高層ビルにある。私は社内に自席のほかに、仕事柄、別の部屋にも席をもってて、たいていはそちらの部屋で二人の女性子分（子分１号，子分4号）と共に仕事をしている。彼女達は、よく仕事をやってくれる。そこは認めよう。助かる。
だが、当初は権威のひとかけらぐらいは握っていたと思われる私だったが、月日の流れにつれ、ひとかけらの権威は、今やひとつぶの砂のように吹けばとぶ程度のものになりさがってしまった。そして今日も…。
昼休みの直前になって、見慣れないオジサンが部屋を訪ねてきた。
オ：「タケさんはいますか？」
静：「あちらにおりますよ。」
オジサンは子分４号ことタケさんの方に向かうと、彼女に深々とお辞儀をした。
オ：「いや、あのお世話になってありがとうございました。これからもよろしくお願いします。」
オジサンはそれだけを言うと去っていった。
静：「タケちゃん、いったい何をしたの？」
タ：「何もしてませんよ。あの方は昨日、自分のパソコンを壊しちゃった同僚のおじさんに『オレの方がお前よりも使うから、お前のパソコンを貸せ！』ってパソコンをとりあげられちゃってポツンと寂しそうに座ってたんです。たから、私が代わりのパソコンを調達してあげたんですよ。」
静：「えっ？ 会社にそんなイジメっ子みたいな人がいるの？」
タ：「そうなんですよ。同じ部の人も遠慮して何も言わないんですよ！」
静：「偉い！ さすがはタケちゃんだ！ それにしてもさっきのお辞儀…あんな深々としたお辞儀は初めてみた。あの人の学生時代のあだ名は”二等兵”だな。心の中で”タケ上等兵殿”とかって唱えてたんだろうねぇ。わははー。おかしー！」
タ：「また、そういうことを！」
静：「きっとさ、タケちゃんのことを心の中で拝んでたね。”身代り地蔵”みたいに思ってさ。」
タ：「なんで”身代り地蔵”なんですか！」
静：「だってさ、タケちゃんって不幸なタイプじゃん。」
タ：「勝手に決めないでください！ …でも、最近、ホントにそう思えてきました。」
静：「なんで？」
タ：「なんでって…静 炉巌さんが、いつも不幸が似合うとかって私に言うからじゃないですか！」
静：「あぁ、だってタケちゃんはね。真面目過ぎるんだよ。真面目っていうのはすごく大事なことなんだけど、真面目すぎちゃダメなの。”運”が逃げちゃうんだよ。」
タ：「”運”っていうのは努力してついてくるものじゃないんですか？」
静：「だって、ハセちゃんもナカくんも努力とは関係ないじゃん。」
タ：「誰ですか？ それ？」
静：「オレの友達だよ。ハセちゃんっていうのはね、いっつも超ビンボー人だったの。そんで自衛隊とか赤帽とか探偵とか職業を５０回以上も変えてさ、最後に精神病院の看護士さんになったのよ。患者を抑えつける役ね。」
タ：「はぁ…」
静：「でも、そこで女医さんと知り合って結婚しちゃってさ。今なんかＢＭＷを買ってもらったり、スキー板を買ってもらったり、マンションを買ってもらったりして、もう半年以上も仕事しないで、ヌクヌクと主夫をしてるんだよ。ねっ？」
タ：「”ねっ”て言われても…。もう一人の方は？」
静：「あぁ、ナカくんはね。４０歳近いのにいまだに学生なんだよ、大学院の。そんで一人っ子なんだけど、気の毒なことに何年か前にお母さんが亡くなっちゃったの。」
タ：「不幸じゃないですか！」
静：「まぁまぁ。でね、お金がないからお母さんの保険金で食べてたんだけど、それも尽きちゃってさ。しょうがないから、同居してるお父さんの年金で食べてたの。でもね、一昨年、そのお父さんも亡くなっちゃってさ。今度はお父さんの保険金で食べてく羽目になっちゃったんだよね。しかも飼ってたハムスターまで死んじゃったの。こっちは保険に入ってなかったけど。」
タ：「その人、働かないんですか？」
静：「働いてるよ。週に何回かどっかで講師のバイトをしてるの。頭がいいからさ…分数はできないけど。でね、お父さんが亡くなったときに、いろんな人から花が届いたんだけど、その中に知らない人から届いた花があったの。んで、ナカくんはその人にお礼を言うために、花を届けてくれた花屋さんに行ったわけよ。そしたらさ、実はその花は花屋さんが贈ってくれたものだったの。」
タ：「はぁ…。」
静：「なんでも、お父さんは、奥さんが亡くなってから、毎週、その花屋さんで花を買って供えてたんだって。んで、ある日から店に来なくなったから、店の人が心配して近所の人に聞いてみたら、お亡くなりだっていうことで、花を届けてくれたんだってさ。いい話でしょ？」
タ：「まぁ…。」
静：「んで、ナカくんは、その店の店員さんにお礼を言ったついでに『お食事でもどうですか？』ってデートに誘って、今ではその娘と結婚して幸せに暮らしてるわけよ。ねっ？」
タ：「”ねっ”て…。じゃあ、どうすれば運がよくなるんですか？」
静：「シナモン・ティーとか飲めばいいんじゃないの？」
タ：「静 炉巌さんは飲んでるんですか？」
静：「飲んでないよ。でも、なんか不思議っぽいじゃん。」
タ：「もう、いいです！ そんなことより、どうせなら仕事のコツとかを教えてくださいよ。私がこの部署で働くのは今月いっぱいなんですから。」
静：「わかった。仕事のコツはね、”想像力”だよ。例えば、オレはゴマ団子が食べられない。なんでかわかる？」
タ：「えっ…アンコが嫌いとか？」
静：「違います、”想像力”です。オレはある時、ゴマ団子を見て『もし、このゴマが小っちゃな虫だったらどうしよう？』って想像してみた。そしたら、なんか気持ち悪くなっちゃってさ。それ以来、ゴマ団子は食べていません。”想像力”というのは、そんな風に心や行動に影響を与える力を持ってるわけよ。これを仕事に使うんだね…使い方はよくわかんないけど。あとは、とっさの判断力。」
タ：「判断力ですか…」
静：「そう！ 例えばさ、タケちゃんがビルの３階にある喫茶店でコーヒーを飲んでたとするでしょ。でも、そこが火事になっちゃうわけ…タケちゃんは不幸だから。そんで店内には煙が立ち込めてさ。皆は必死になって階段を駆け下りていくわけよ。もちろん、タケちゃんも走るんだよ。」
タ：「はぁ…」
静：「そんな状態のときにね。向こうから”川島なお美”と”黒木 瞳”が腕を組んで歩いてくるわけ。どっちがどっちだか判断できる？」
タ：「…自信ないです。」
静：「でしょ？ 『ビンテージ・ワインが！』って叫んでさ、その言葉に反応した方が”川島なお美”だよ。」
タ：「それって判断力なんですか？」
静：「だって判断してるでしょ？」
タ：「…私…本当に不幸かもしれません。」
静：「なんで？」
タ：「だって上司が静 炉巌さんみたいな人なんだもん。」
静：「そうかなぁ。でも、来月から部署が変わるんだから運が向いてきたのかもよ？」
タ：「…そうですよね！」
子分４号ことタケちゃんの見せる生意気な笑顔。彼女には、上司を気遣って寂しそうな表情を見せる気配りはないのであろうか？
私は想像力を駆使して、次の部署での彼女の不幸を思い浮かべるのであった。
by 静 炉巌(02/05/26)
