はじめてコンサートというものに出かけたのは高校１年のときだった。
当時、私はコンサートというものに憧れていた。ＴＶに映る歌手のコンサート風景は、どれも舞台はきらびやかなライトで照らされ、スモークがたかれたり、観客が涙を流してたり、一緒に合唱してたりして、なんだか別世界みたいな夢のような世界に思えていたのである。
そんなある日、クラスの友人から声をかけられた。
「一緒に行く予定だったヤツが行けなくなっちゃったんだけど、よかったら行かない？」
「それって、誰のコンサートなの？」
「河島英五だよ！！」
「それって誰？」
友人は、一瞬呆れたような顔で私を見た。
河島英五というのは、今でもカラオケで酔いどれオヤジがお気に入りの歌ベストテンに必ず入る『酒と泪と男と女』を大ヒットさせたアーティストであった。この当時は、その曲のヒットから１年ぐらいたっていた頃だったと思う。
まぁいいや。河島英五も『酒と泪と男と女』も知らないけれど、大ヒットした曲があるのなら、派手なコンサートには違いないだろう。
オレがみたいのは”お茶の間では経験できない派手なコンサート”だ。その雰囲気が味わえるのなら、歌手なんて誰でもいいのだ。
会場となる市民会館は、音響装置が立派だと評判で、ちゃんと２階席もある大きなホールである。私の胸は、ＴＶで憧れていた”熱狂的なコンサート”に参加できるという喜びでいっぱいだった。
やがて当日になった。私の胸は高鳴っていた。
期待して会場に入ると…客席はガラガラだった。観客はまばらに座っている。開演時間５分前になっても状況はあまり変わらない。イヤな予感がよぎった。
開演時間になって幕が開く。舞台には…、誰もいない。
呆気にとられていると、舞台のそでから、やたらとデカくて、もじゃもじゃ頭の男がギターをもって一人でテクテクと歩いてきた。
身長はジャイアント馬場のようにでかく、顎はアントニオ猪木よりもペリカンチックだ。
でも、まばらな拍手が起こるところを見ると、どうやらこの人が河島英五らしい。彼は舞台の中央まで来るといきなりマイクも通さずに怒鳴りはじめた。
「おまえらー、もっと前の席にこいやぁー！！！」
いきなり怒られた観客はビビって動けない。だが、河島英五の攻撃は止まなかった。
「ほら、そこのおまえ！！！ お前だ！ 前にこい！！ 来るまではじめへんぞ！」
河島英五に指さされた青年は、恥ずかしそうに前の席へと移動した。ほかの連中も、彼の攻撃対象にならないように移動をはじめる。
「ほな、はじめよか」
ようやく気が済んだのか、演奏がはじまった。皆、ほっとしていた。
しかし、はじめて聞く曲というのはピンとこないものである。しかも、この人、ギター一本だけをガチャガチャと弾いて、怒鳴るように歌うので、どれもこれも全部同じ歌に聞こえるのである。
しかも、もの凄いダミ声。もちろん、派手な照明も、スモークもない。私は退屈になっていた。
だが、本人はかなりノって歌っている。「なぁーにかぁー、いぃーことぉー、なーいかなぁ！！！♪」と歌いながら、ジャカスカと弾くギターの音は、更に激しくなっていく。
…ブチ！ あまりの激しさに耐えかねてギターの弦が切れた。バチ！ あっ！ また切れた！ ベチっ！ あっ…。
いつの間にかギターの弦は２本だけになっていた。
ようやく長ったらしい曲が終わる。
「今日は、弦が切れるのが少ないなぁ」
これ以上切れたら、弦…なくなっちゃうじゃん。
隣の友人の瞳からは、とっくに光が失われている。こいつも『酒と泪と男と女』ぐらいしか知らなかったのだろう…早く終わってくれ。
やがて願いが通じた。最後の曲が終わって彼は舞台裏に引っ込んだ。アンコールはいらないぜ。
しかーし！！ごく少ない客の、しかもおざなりの拍手を聞きつけて、やはり彼は現れたのである。
「今日はギターを背負ってバイクで来たんや。マネージャーには止めてくれって言われとるけどな」
そしてギターを弾いて歌いながら、舞台から観客席に降りてきた。もちろん、マイクなんかなく、生で怒鳴り歌っている。
来るなよ…こっち来るなよ…私は一生懸命に願った。
だが彼は私の席の横に歩いてきた。なんか、こっちをみてる。目をそらすと絡まれる。
私は精一杯嬉しそうな顔を彼に向けて、大げさに手拍子をとった。屈辱だ。でも怖いもの。
こうして、はじめてのコンサート体験は終わった。私はコンサートとはこういうもなのかと期待を打ち砕かれて、大学の学園祭まで二度とその手のものには行かなかった。
しかし不思議なもので、あまりにインパクトが大きかったせいか、それともあれが果たして現実だったかを確認したくなったのか、私は翌月ふらふらとレコード店で、河島英五のライブアルバム『てんびんばかり』を購入した。
あらためて聴くとやっぱり猛烈にダミ声で、どれも同じ曲に聴こえるので、そのレコードは弟とゲームをした際に、負けた方の罰ゲーム…”河島英五のライブアルバムを大音量にしてヘッドフォンで聞く”という拷問道具として使われた。
追記）
大人になってから聞くといい歌もありました。
静 炉巌（99/1/14）
