仕事が忙しくなかなか髪を切る時間もなくて、かなりボウボウの頭になっていた。
以前に会社が入居していたビルの近くに外出したときに、ビル地下に理髪店があったことを思い出して寄ることにした。
美容院ではなく理髪店。店頭のメニューをみると結構高めの金額設定だ。でも、この際だから仕方がない。
店内に入ると、広くはないけれどゆったりとしたスペースで、髪を切る椅子も高級なつくりになっている。受付を終えるとたいして待つこともなく名前を呼ばれる。
20代後半ぐらいの男性理容師さんに髪を切ってもらいながら、気になっていることを質問してみる。
「あの、どっかハゲそうなところとかないですか？」
「あっ、全然大丈夫ですよ。多すぎるぐらいです」
「多すぎるの？」
「少ないよりいいじゃないですか」
「そうだよね。ハゲはイヤだよ。ハゲは！」
そう口にしてしまってから、私は店内にハゲの人がいないかを鏡の中でさりげなくチェックした。…大丈夫だ。ハゲはいない。
「ところで前から思ってたんだけど、ハゲの人って、ハゲ割引とか欲しいって思わないのかな？ 切る分量が少ないのに金額が同じだと不公平感があるよね。でも、そもそも切るところがないから散髪にはこないか。ねっ？」
「はぁ…」
「だけど昔からの習慣で来ちゃったりしてね。で、『耳にかからないようにして』とか言ったりして。どこにもかからないっちゅうの！」
「…」
「理容師さんも『わかりました』って、カチャカチャ切るフリしてね。『私にはお客様の髪が見えます』とか言っちゃってさ。”裸の王様”かよ、いや”ハゲの王様”か。で、無理に３本くらい切って『お持ち帰りになりますか？』っていうのはどうかな？」
「ははは…」
「ところで、そこの張り紙。さっきから気になってたんだけど”耳そうじ：7分1000円”ってなに？」
「これは専門の女性店員がおりまして、丁寧に耳そうじをいたします」
「ふーん。じゃその”育毛マッサージ…30分3千円”っていうのは？」
「これはもう字のごとく育毛のためのマッサージです」
「それって、ブラシで頭叩いたりするやつ？ あれってさ、頭が木魚みたいに見えるんだよね。念仏を唱えながら叩くとリズムがいい感じじゃないかな？」
「いや…」
落ち着きのない理容師。オレはハサミが離れた瞬間に後ろをふり返る。あっ！
そこには、育毛ブラシでコツコツとハゲ頭を叩かれてるおじさんがいた。30分3千円コースだ！
さっき確認したときは、ちょうど頭を洗っていたからハゲとは気づかなかったのか。
おじさんはブラシで頭を叩かれながらオレを睨んでいた。
ひー！！！ ハゲしくごめんなさい！
オレは静かに前にむきなおると、育毛ブラシの動きにあわせて、心の中で念仏を唱えた。
