吉岡と藤田は、学生時代に女の子にもてると思って二人でバンドを組んでいた。
結局、思惑は満たされることはなく、彼らはアマチュアの趣味として音楽を楽しんだ。
就職してからしばらくは、音楽活動から離れていたけれど、30歳を過ぎた現在、久しぶりに二人で、小さなライブハウスを借りてライブをすることにした。
まだ開店前のライブハウス”SHERRY”の楽屋には、吉岡がひとりで座っている。
今日は彼らのライブの日。これから二人でリハーサルの予定だ。
しばらくすると楽屋に、焦った様子で藤田が入ってきた。
「相変わらずボヤっと座ってるな。今日は気合いをいれていくぞ！」
「藤田がそんなこというなんて珍しいな。いつもやる気があるようには見えないのに」
「いいか！？ 今日のライブにはお前の…いやオレとお前の人生がかかってるんだよ！ だからオレが来たんじゃないか」
「なに？ 意味がわからないんだけど」
「よく聞けよ。今日のライブには総務課のヒロミちゃんがくるだろ。彼女はライブの後に、おまえに告白することになってるんだよ。そんな凄まじい幸運は、おまえのこの後の人生で一度もないぞ！」
「えっ？ ヒロミちゃんが…っていうか、おまえ、なに言ってんだよ？」
「オレは15年後の未来から来たおまえ自身なんだよ。ヒロミちゃんは、知らないヤツと結婚してるんだけど、そのヒロミちゃんから、”本当は、今日のライブのあとで、吉岡に告白するつもりだった”って聞いたんだよ」
「うそだろ！？」
「本当だ。でも藤田が現れなかったから、ライブは中止になった。だからヒロミちゃんから吉岡への告白もなくなったんだよ。だからオレは今でも、ひとりのままだ」
「ごめん。話が全然わからない。そもそもお前は藤田だし、ここに来てるし、オレがヒロミちゃんに告白されなかったことと、お前が独り身であることは関係ないじゃん」
「だからオレは未来のお前なんだって！ 未来の整形手術は簡単なんだよ。この時代だって３Ｄプリンターとかあるだろ？ だからオレは藤田の顔に整形して、ギターを練習して、近所の発明家にタイムマシンを借りて、藤田の代わりに来たんじゃないか！ オレ自身の人生を取り戻すためにな！ どれだけ苦労したと思ってるんだ！ ほら練習するぞ！」
「でも、本物の藤田はなんでこなかったんだ？」
「…あいつはな。死んだんだよ。今日、この会場に向かう途中の事故でな」
「事故？」
「あぁ、駅前で食べた団子がノドに詰まったんだ」
「ちょっと待て。…だったらタイムマシンで藤田が団子を食べる前に戻って、事故を食い止めればいいんじゃないか？」
「…あっ！！」
藤田の顔をした男は、慌てて店の外に出ていった。
やがて藤田がゆっくりとはいってきて、吉岡の正面に座った。
「なんだか、やる気が出ないよなぁ。なんか食い物はないか？」
「…おまえ、藤田だよな？」
「あたりまえだろ。団子を食おうと思ったら、マスクをしたヘンな男に買い占められて腹が減ってんだ」
藤田は怪訝そうに答えた。
End
